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【大切なことはマンガが教えてくれる】『コレットは死ぬことにした』から見える「比較対象×自分ごと×目的と手段」の話。


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世の中は素晴らしいマンガで溢れている。しえるです。

 

今は本当に良質なものがどの分野でも増えていると感じます。 

これは、よりよくしようとする改善の精神に基づいた素晴らしい日本の文化だと思います。

 

幸村アルトさんの『コレットは死ぬことにした』は、主に薬師のコレットや村の人たち、冥府のハデス様と支える家来のガイコツたちの2つの世界を通じて物語が展開していくのですが、沸き起こる問題って不変なんだなぁと思わずにはいられません。


こんなに技術や文化が発達しても、自分が子どもの頃に話題となっていた問題が、大人になった今も同じトーンで騒がれているのを見かけると、「え?まだやってるの?」と感じてしまうことも多いこの頃。

bunshun.jp

先日見た「私たちの代で終わりにしませんか?」と呼びかけるWEBマンガには共感します。

【大切なことはマンガが教えてくれる】『コレットは死ぬことにした』から見える「比較対象×自分ごと×目的と手段」の話。

【比較対象】焦る気持ちと自分の輝く場所

セラがどんどんりっぱになっていく…

わたしは…往診はまだちょっと…ごめんなさい

コレットの同期の弟子として働くセラとポーラ。

自分の薬箱を用意してもらって、往診に同行するセラを見て、ポーラは焦ってしまいます。

 

まわりがどんどん成長したり、新しいことに挑戦する様子を見ると不安になることありますよね。

ポーラはお産の勉強やってるじゃん

それに診療所を守るってのも大事な仕事だと思うよ

往診することも、診療所で診ることも、お産を助けることも、薬を用意することも、すべて必要なことで、その価値を比べることはできません。 

 

それは業界や立場が変わっても皆同じで、たとえ傍から見てどんな状態であろうと、その一瞬一瞬では本人ができる最大限のことをしていますし、自分のできることに集中するのが大事だと思います。

 

そしてもし比較するとしたら家族や同期など近くの存在ではなく、過去の自分を対象にしておくと、自分の歩みに気づけるし、健全な心持ちでいられる気がします。

 

このポーラで言えば、最初は包帯も巻けなかったのに、今ではコレットが留守でもセラと協力して薬師の仕事をこなせるようになっているし、薬師以外の助産師のヘルプまで経験しているわけですからね。

たとえ自分の薬箱を持てていないとしても、間違いなく進歩しています。

【自分ごと】常に人生を共にするのは自分

コレットのいる村に立ち寄った兄弟子のイタン。

「せっかく来たんだ、しばらくここで仕事したいしさ」と往診を手伝ってくれるイタンの存在感はコレットにとって大きいもの。

 

ある人に診療拒否されたコレットは「そしたらおばばを治すのはイタン兄ちゃんの方が安心してもらえるよね。腕いいし、大人だし」と思い悩みます。

イタンさんが帰った後はどうするの?

次は誰にも頼れないよ?

いつものコレットさんなら今考えて なんか色々やって

最後には”またよろしくね”っていい感じにしちゃうでしょ!

そんな思い悩むコレットにラベンダーの香りで落ち着かせようとしながら、弟子のポーラが一生懸命声をかけてくれます。

 

自分にとって困難だと感じても、一時的なものに頼りきってしまうと、それがなくなったときにもっとどうすることもできなくなってしまいます。

そうだ、おばばとはこれからもつきあっていくんだから私達がやらないでどうする

勝手にイタン兄ちゃんに甘えてた

すぐ隣に頼れる仲間はいるじゃないか

特に今は変化が著しい時代で、周りの環境が変化しやすい世の中です。

 

どんな時でも自分と1番つきあうのは自分であり、1番どうにかできるのもまた自分。

なんでも解決できそうなすごい人がいても、その人にはその人の人生があり、明日も隣にいるとは限りません。

他人ごとにしてしまうと自分のレベルアップ量が少なくなるため、頼れる手がなくなったときに困難はより大きくなっていきますが、常に自分ごととして向き合っていると、やがて困難を小さくすることができ、さらに別の困難まで乗り越えられるようにすらなります。

 

そして助け合う仲間をつくれることもまた事実で、自分ごととして向き合う人が集まって力を合わせるほど、困難に立ち向かう力や解決力はより強まると思います。 

【目的と手段】正論だけで人は動かない、心に寄り添うということ

体を温めるときはショウガは加熱しないと

ショウガにはジンゲロールという解熱作用や殺菌効果を持つ成分があり、加熱するとジンゲロールは、血流よくして体を芯から温める効果を持つショウガオールという成分に変化します。 

なんでわかってもらえないんだ…

生より加熱したショウガを食べてほしいとセラが重要性を説いても、鼻をズビズビいわせながら「これまで薬師の世話になったことないし、気合いで治る」と言い張る患者さんは聞く耳を持ちません。

「まあまあお二人共そのへんで

 生のショウガは私達もよく食べます。確かに体にいいですし」

「ウチは昔っからみーんな食ってきたんだ。おかげで薬師の世話になんざなったこともねぇ」

「おお…!皆さん食べてる…

 …私は子供の頃 生のショウガが少し辛かったのですが君達は大丈夫?」

「ちょっとからい」「からい、じーちゃんからいよう」

「ではせっかく伺ったので、お子さんが食べ易いレシピを一つ増やしましょう、炊き込み料理でですね―…」

イタンは一度、患者さんの言葉を受け取り、そのうえで自分の経験と第三者の声をうまく合わせて、ショウガの加熱料理をさらっと組み込んでいます。

 

最終目的は「患者さんを治すこと」で、その手段の1つが「ショウガを加熱させること」。

その「ショウガを加熱させる」という目的のために、「自分の経験」「息子たちの声」「家族の女性陣のうまいこと食べさせましょう!というやる気」という手段をかけ合わせています。

セラの説明は間違ってないよ

でも自分の体や生活に他人が踏み込むことに

ひとつの抵抗もない人なんていない

他人の何かを変えるには、本人の意思がないと無理と言っても過言ではありません。

 

というか、他人の何かを変えようとすることは、相手の人生の否定でしかないと思います。

それぞれ「自分はこうやって生きてきたんだ」というこれまでの人生があり、いくら正しいと言われても、たとえ正しいんだろうなぁという思いがあったのだとしても、それでもそれを受け入れることは、自分の人生の否定になってしまうから認めがたいですよね。 

 

以前は「イエスバット法」と呼ばれる「Yes, but~」と相手の意見を一旦受け入れてから、でもね…と説明する方法が、相手を不快にさせずに説得する方法として紹介されていましたが、今はもはやそれも古いようです。

 

イタンは一度も否定の言葉を使うことなく、話を繋げた中から見つけた困りごとを利用して提案しています。

これは「イエスアンド」と呼ばれるマインドで、昔の海外ドラマ『HEROS』で一躍有名になったマシオカさんはこの「イエスアンド」のプログラムを教えているそうです。

forbesjapan.com

おまえがやることは治すのと同時に味方だと思ってもらうこと

自分を託してもいいと思ってもらえる関係を目指しな

60のじーちゃんならこれからいよいよ薬師と関わる機会も増えるはず

まったまにはコンニャロガンコジジイ!って思ったりするけどねっ

わはは人間だもの

…大丈夫 みんな通る道さ

だからこそ、イタンのように「おお…!」というたった一言であっても「患者さんの言葉を受け取ること」が実はめちゃくちゃ重要だと思います。

 

私は昔、自分がなくて最低だと思っていたから、誰かの意見を聞くことに抵抗がない方ではありましたが、それでも、自分を正しいと思って聞く耳を持たない者の話には抵抗を覚えたものです。

 

そしてこの悩みは、誰かと関係性を築くにあたり、避けては通れない道だとも思います。

こっちの気も知らずに好き勝手言いやがって!と思うこともありますが、自分にできることは「目的を達成するための手段のみ」ですね。

「2019年12月にウイルスの存在を知り、リーダーとして嘘をつかないこと、積極的に国民とコミュニケーションを取り、耳を傾けて安心してもらうことを大切にしました」。

陳大臣は毎日、マスコミがもういいと言うまで質問に答える。

半年間は執務室に寝泊まりし、100日以上休まずに対策にあたった。子供がピンクのマスクをしないと言う男児の母親の声を聞けば、自らピンクのマスクをして会見し、コロナの影響で果物の需要が落ちたと聞けば、会見にスイカを並べて消費を促した

台湾が実際に取り組んできた新型コロナ対策も、まさに「耳を傾ける」「目的と手段の明示」だと思います。

1月に域内感染が発生しても、再びきちんと抑え込めているのはそういった部分もあると思います。

 

対1人でも難しいそれを、国家レベルで行えるのは相当すごいことですね。

これは当たり前のことではなく、政治家や国民1人1人が自分ごととして取り組んできた積み重ねにほかならないと思います。

hanako.tokyo

伝える側の真意をどれだけ受け取れるか

ご機嫌を損ねて嫌われても知らんぞ

 

患者の健康を守るのが私の仕事
できることは何でもやる
嫌われるのがこわくて何もできないんじゃ
そばにいる意味がない

何かを伝えようとしてくれている人は、自分にとって不都合なことを言ってきたとしても、すべてが相手を貶めようとしているとは限りません。

むしろ耳障りのいいことを言ってくるほうが、相手からの搾取を狙っていることも多く存在します。

 

物事には「知識」「伝え方」「受け取り方」それぞれに精度があると思います。

「正しい知識」があっても伝え方が悪ければ届かないし、受け取り下手でも届かない。

「誤った知識」の伝え方が上手ければ広まるし、受け取り手もいくらでも信じてしまいます。

 

それぞれの精度を高めることは、物事の難易度を和らげることに繋がると感じます。

 

ふだん私は「私の好きな場所」で過ごすために、自分が気になるものや好きなものしか視界に入れていないように心がけています。

しかしたまにあえて、話題になっているものの世間の反応など見に行くことがあるんですけど、受け取り拒否して、自ら生きづらくしている場面が多いと感じるこの頃です。

何かを否定すればするほど選択肢を狭め、自分の首を絞めることに繋がると思う話はいずれまたの機会に。

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