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漫画『ここは今から倫理です。』でなんとなくつかんだ倫理というものについて。


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まだまだ知らないことだらけ。しえるです。

 

『ここは今から倫理です。』という漫画を読んで、初めて「倫理」というものに真正面から触れた気がします。

grandjump.shueisha.co.jp

漫画『ここは今から倫理です。』でなんとなくつかんだ倫理というものについて。

これまで意識して触れてきたことがなかった倫理  

私は学校で倫理の授業をちゃんと受けた記憶がありません。

 

道徳の時間はありましたが、ほかの授業の補完時間として使われたり、レクリエーションに使われたりしていた時間が圧倒的に多かった印象が強いです。

なので私にとってそんな扱いを受ける授業である道徳は、子供心に優先度の低いものなんだとすら思っていました。

生活する上で触れる事は多くないし

この授業で得た知識が役に立つ仕事はほぼ無い

この知識がよく役に立つ場面があるとすれば――

死が近づいた時とか

倫理は主に 自分がひとりぼっちの時に使う

 

”宗教とは何か”

”よりよい生き方を考える”

”幸せとは何か”

ジェンダーについて”

”いのちとは何か”

 

倫理は人の心に触れ 自分の心に触れてもらう授業です

選択授業でとりあえず履修したり、他の授業が取れずにまわされたりなどで来た生徒たちに、「倫理」とはどういうことを教えるのか、授業を受け持つ高柳先生はこう説きます。 

 

正直、先生の授業シーンは漫画の中なのに、眠くなります。笑

多分私が哲学者の歴史に興味がないからでしょう。

 

でも漫画の中では、生徒たちがいろいろな事件に巻き込まれたり、善と悪や正しいとは何なのか考えさせられるようなことなどが起こります。

それによって、倫理ってどんなことなのかがなんとなく感覚で伝わってきました。 

物理はモノの理(ことわり) 倫理は人間関係の理を学ぶ授業です

石を水に投げ入れたとき なぜ水面に波紋が生まれるのかを考えるのが物理で

人に言葉を投げかけられたとき なぜ心が波たち 苦しくなるのかを考えるのが倫理です

これまで倫理って何なのか、いまいちよくわからなかったのですが、人の心理や生き方について考えるのが好きな自分が、これまでブログに書いてきたこともある意味、一種の倫理的なものなのかなって思いました。 

自覚ないうちに倫理にどっぷり触れていたようです。

知識と経験

この学校にはくだらない人間しかいない

同じだけ生きてるはずなのに 知的さの欠片もない同級生たち

教師はただ教科書を音読し

彼らが書いた黒板の文字を丸写しして覚えれば学年トップの成績になれて

成績の悪いバカな級友は教室の隅で私を「ガリ勉」と笑う

箸にも棒にもかからない つまらない人間たち…

漫画の中では、勉強ができすぎて周りがくだらなく思え、斜に構えてしまう女の子が登場します。

ただ私たちより早く生まれて

より多く教科書に書いてある事を暗記してるだけじゃない

そんな程度であそこまで偉ぶられる筋合いはないわ

子供だから何も知らないって思ってる

中学生の時に図書室の本をすべて読んで理解してきた女の子ですから、本やネットで何でも学べると思っています。

 

しかし、生きていれば予想だにしないことはいっぱい起こります。

自分と違う思考回路の人間たちと生きる社会

漫画の中では、同じ授業を受けていることから話しかけられていた、勉強は得意ではなく彼氏に夢中だった女の子が屋上から飛び降りようとします。

何で急に飛び降りるの?あんた私よりずっと幸せそうだったじゃん

悩みゼロみたいな…彼氏いんでしょ 死ぬ理由ないじゃん

バカだから 命の重さも知らないの?

人の心は自分自身でもわかりきれないくらいには難解です。

他人のことなんてもっと謎だらけです。 

恋に破れても…

家族が死んでも いじめられても

就職に失敗しても 仕事がイヤでも

お金がなくても

人生が…退屈でも!!

それがどんな理由でも

命に換わる程 重い絶望になるんです!!

あの柵の向こうに行く為に どれほどの覚悟が必要な事か…

傍から見ればしょうもないことでも、本人にとっては絶望的に感じることってあります。

もっと恵まれない環境や大変な状況の人がいるなんてのは百も承知で、それでも心が悲鳴をあげることがあります。 

家族とか他の人間関係とか、仕事とか、自分の無力さとか…。

 

それでいて本当につらいものことこそ、奥に隠して人に見せないようにしてしまったりします。

私はそれをやって結局耐え切れず、何度も爆発していました。

 

たとえ自分がどれだけ気を遣っていたつもりでも、無意識に発していた言葉が致命傷だったりすることもあります。

私もどこかで誰かに言ってしまってると思うし、一生忘れないのかも…と思う他人からさらっと投げかけられた言葉もあります。

 

最近も親に「言わないようにしているつもりだったのに、これだけでそんなにプレッシャーを与えていたなんて思わなかった」 と言われました。

そう思ってくれていることがわかってたから強く返せなかったけど、無理なものは無理だったので結局ぶつかってしまいましたが、それでも思うことをぶつけ合えてよかったなと思います。

思考回路が違うからこそ視野が広がる

誰もが自分の視野の限界を世界の視野の限界だと思っている

ショーペンハウアー

自分1人の思考回路だと、どうしても限界があります。

でも誰かと接することで新しい気づきを得ます。

それは自分と違いがあるからこそ見えてくるものです。

年齢や経験を重ねれば重ねるほど、たくさんの人や状況と接し、新しい視野が広がっていきます。

”なんといっても最上の証明は経験だ”

フランシス・ベーコン

 

たくさん勉強して…色んな知識を得て

たくさん遊んで色んな経験をする事です

そうすれば貴方がたの視野はもっと広がる事でしょう

人生は勉強だけでもないし、遊びだけでもないし、仕事だけでもありません。 

 

学問も、常識も、文化も、歴史も、心理も、経験も、すべては1つの知識というピースにすぎず、それらを掛け合わせて、自分の中で咀嚼することで、視野が広がり、またそこから行動することによって、発展に繋がっていくのではないでしょうか。

 

昨日書いた記事も焦点を当てたのは常識でしたが、そういったことが書きたかったんだなって思います。

常識ではなく単なる生活知識と捉えれば、自分の中の当たり前に縛られずにフラットに考えられ、より快適にするにはどうしたらいいかって話になるんじゃないかって考えでした。

ciel-myworld.hatenablog.com

大人になるとは? 

年齢を重ねると、つい大人になったと思ったり、何かをわかったような感覚になったりしてしまいがちです。ソースは私。

進級や進学したり、成人したり、立場が変わったりするときは尚更。

俺好きなの 高校生 バカだからさ

色んなコと付き合ってく中で あーやっぱ高校生いいなーって

自分を大人だと思い込んでて騙しやすくて 自我が無くて

身体はピチピチで極上だしさ

俺みたいなものにもさ ホイホイついてきてくれるし

こちらは男の子がお兄さんに巻き込まれてアンダーグラウンドな世界に足を突っ込んでしまったときに言われてしまうもの。

 

子供のときって1歳の差がめちゃくちゃ大きく、肩書きが変わることは最大級の事件でした。

これまでの肩書きから卒業したことで、大人に近づいた感覚が強まりますよね。

 

高校生になってから初めて友達と一緒に美容院に行った時、「中学生は○○円です」と言われたことにショックを受け、友達と顔を見合わせていたら「あ、ごめんね、小学生は△△円だよ」なんて言われたのは、今となっては笑い話ですが、当時はちっぽけなプライドをへし折られたものです。笑

所詮、外から見れば学年の違いなんてその程度で、些細なものでしたね。

ciel-myworld.hatenablog.com

昨年書いた年齢についての考察の話は、今読んでも面白い捉え方だったと思います。

 

私は兄弟がいないのでわかりませんが、年下のいとこたちといるときは、お姉ちゃんだからワガママ言わないように…なんて思ってたりもしましたし、1歳上の同級生が「自分は年上だから」と兄貴肌でいようとするのに違和感を持ちながらも受け入れたりしていました。

 

でも年を重ねて、視野が広がれば広がるほど、いかに自分が小さな世界で生きていたのかを何度も痛感します。

にもかかわらず、いまだに自分の狭い了見の中で、自分が正しいと思ったことに固執してしまったりすることも…。

だいたいそういう時って調べもせず無意味に反発してしまったりして、後から「やったな自分…」と反省しきりです。

みんな誰かの子供である

子供にとっては精一杯今の自分を生きているのですが、大人自身もその子供時代を経て、精一杯今の自分を生きています。 

 

私は私で自分なりに、自分や親と向き合って、ぶつかって、心のモヤモヤを1つ1つ解決してきました。

しかし、その親も、そのまた親(祖父母)と同じようなあつれきを抱えています。

幼少の頃、満たされなかった思いや縛られてきた考えというものは、親自身が解決できていないことも多く、私の親もまたその親に縛られているんだなぁ…、ぶっちゃけてしまえば、祖父母をただの他人と割り切れてしまう自分とはわけが違うのだなぁと感じることが多々あります。

それだけ親という存在は大きなものだし、解決できるかどうかはあくまで親次第なのだと思います。

 

そしてそんな様子を見ていて、大人になるって何だろうっていつも思います。

 

私自身はいっぱいぶつかってきたことで心がだいぶ楽になったし、少しずつ生きやすい道へシフトできている実感があるのですが、私が乗り越えたそれに苦しむ親を見ているとはがゆさはあります。

その姿はまさに自分と同じ「子供」に見えるからです。

 

せめて健康面だけでも…と流れていた『あさイチ』に乗じて自分の学んできた知識を話してみたりもするのですが「いっぱいいっぱいすぎて今はそんな余裕はない」と返されてしまいます。

「身体が健康になることで心が健康になる」と思う自分がいるのですが、そんな自分はきっとエゴでしかないのでしょう。

 

そして知識だけではどうにもならないこの何かは倫理の1つなのかなと、漫画を読んで受け取りました。

倫理って本当に繊細で難しいと感じるこの頃です。

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