いつもありがとうございます。しえるです。
今日は久々にこのブログのアクセス状況について触れてみようと思います。
お陰様で月間10,000PV突破ありがとうございます【価値と応援の関係/いい記事とは…】
月間10,000PV突破!
いつもブログ「私の好きな場所」をご覧いただき、誠にありがとうございます。
お陰様で、9月のアクセス数が月間10,000PVを突破しました。
12,000PVくらい行ってた気がするんですけど、スクショし忘れたまま10月になってしまいました。汗
また、個人的には500PV/日を超える日が出てき始めたのが嬉しかったです。
495PVくらいまで行ってもなかなか500の壁を突破できなかったので、見ていてなかなかもどかしかったです。
とは言え、成果を気にしない生活を心掛けていたので、せっかくの10,000PVのスクショを忘れるくらいには以前ほど数字を気にしなくなっているのですが、それでもやっぱりどちらも嬉しい数字ですし、これだけブログを見ていただけるのは本当にありがたいものです。
仕事を辞めて、外出自粛が始まったりして生活が一変しましたが、着実に何かが前に進んでいて、感慨深いものがあります。
フォローについて
読者様も5月は約50人だったのですが、気づけば3倍以上の方に登録していただきました。
こちらもたいへん嬉しく光栄なことで、定期的に当ブログをチェックしてくださり、本当にいつもありがとうございます。
コメントも最初はドキドキしていたのですが、皆様温かい言葉ばかりで、書いてよかった!と励みになっております。
フォローする理由
こういったフォローをする行為って、人それぞれにいろんな感覚があると思います。
それでもフォローする理由って大きくわけると、主に「提供されるものに価値や興味を感じる」と「その人自身を応援したい」の2つになるのかなと思っています。
これからも私が良いなと思うものをお伝えし、皆さんが「好きな場所」を見つけるきっかけになれるような記事をお届けしたいなという気持ちとともに、皆様にとって居心地のいい「私の好きな場所」のひとつになれたらというささやかな願いを込めて、記事を書いていければと思います。
価値という感覚
そんな私ですが、つい最近まで「提供されるものに価値を感じる」と「その人自身を応援したい」は連鎖するものだと思っていました。
「価値」を感じるから「応援」という行為に繋がるのだと。
しかし「提供されるものに価値を感じる」と「その人自身を応援したい」はそれぞれ独立していて、たとえ自分にとっての「価値」がなくても、「応援」という気持ちは生まれることに気づきました。
これまで私自身がSNSなどでフォローする場合、知人以外だと何かしらの得られるものを求めてきました。
知識だったり、笑いだったり、作品だったり、感性だったり、考え方だったり。
なので相手が表現するものが好きだったり、学べるものがあったらフォローをし、時にそれが応援に繋がることもありますが、自分に合わなくなってきたな、吸収しきったなって思ったらフォローをやめていました。
なので、カジサックがよく言う「フォロー=応援者」の意味が理解できていませんでした。
【初対面】カジサックさんがローランド愛をマジ告白|先輩YouTuberの極意?
先陣切ってYouTubeに挑み、結果を出したカジサックはYouTuber仲間から相談されることが増えていて、YouTubeコンサル的な話をする時によくこの話をするんです。
でも私にとっては見たいからフォローするだけであり、見なくなったり、タイムラインに現れてほしくないと思ったらフォロー解除するというだけの話でしかありませんでした。
「学習欲」や「収集心」の強い私は、先に書いたとおり相手に何かしらの質や価値を求めていて、それが自分を作り上げる手助けとなることを知っているから、刺激を得られる何かに囲まれていたいのでしょう。
だから興味の対象がどんどん変化していきます。
多分、この感覚はオリラジのあっちゃんとか近いものを持っているのでは?と感じます。
新しい好きという形
でもそんな私が最近、初めてなんの理由もなくただの応援という気持ちでフォローをしました。
この記事を書いてから、東海オンエアのとしみつがもうとにかく愛しくなってしまいまして。笑
正直なところ、東海オンエアで1番好きなのはてつやだし、としみつのパーソナルな部分にそこまで興味もないんですけど(失礼)
でも多分、動画を通して見えてくるとしみつの優しさや頑張りに胸を打たれたんだと思います。
もしかしたら台本どおりの可能性もありますが、天然でポンコツとされるとしみつだけど、自分が意識できる限りは人の話をちゃんと聞こうと努めてるのかな?と思われる節が見えてきたり。
小食い選手権以外でも、りょうの挨拶の「あちき」が「俺」に変わった時も1人だけ反応したりしていて、他の人が聞き流す部分にちゃんと気づいたりしてるんですよね。
【お見舞い】入院中のてつやに「東海オンエアリハビリ」を施します
自分の欠点と思う部分ってどうしても出ちゃうからどうしようもないんだけど、それでも意識できる部分はできるだけ気をつけようとする感覚には覚えがあります。
コンプレックスをバネにする方って、元々その能力を持っていた人より真剣に向き合うから、結果よく気がつくようになって誰よりも深く察知できるようになったりするんですよね。
全部あくまで私の想像で感じたことですが、ただその人がその人らしく生きているだけで、こんなにも魅力を感じるんだって気づきました。
だからとしみつが個チャンやSNSの登録者数を気にしているからフォローしようって思って、初めて自分のメリットではなく、相手のメリットのためにフォローするという行動をとりました。
あぁ、「フォロー=応援」ってこういう気持ちなのかな?と、ちょっとかもしれませんがようやく理解することができました。
価値だけじゃない
こういった感覚が理解できるようになったのも「ありのままの自分でいい」と思えるようになったからかもしれません。
そして先ほどのフォローの話の中で、自然に「知人以外」と書きましたが、リアルに付き合う身内や友人は、その人に「価値」があるから付き合い続けているわけではない、その人がその人だから付き合い続けているのだ、という当たり前のようなことに思い至りました。
(基本的に「当たり前」という言葉は好きではないのですが、無意識に「当たり前」にしてしまっていたことに気づいた時は、あえて使おうと思います。)
この現代社会で感じる苦しみって「価値がなきゃ!」から生まれるものって多いと思います。
成果を出せなきゃ!子供を産めなきゃ!
ハイブランドを持っていなきゃ!
流行りの何かを知っていなきゃ!
社会に貢献しなきゃ!いい人でいなきゃ!
結果を出さなきゃ!いい人生歩まなきゃ!
誰かといなきゃ!愛されなきゃ!
豪邸建てなきゃ!稼がなきゃ!
こんな価値観から外れることで、新しい好きの感覚が生まれたのが最近の発見でした。
常にいい記事を書くのは無理
ブログのPV数やフォロワーが増えてきた時、いい記事書かなきゃ!って気持ちが芽生えました。
アクセス数やスターの数が落ちると「つまらなかったかな」「変なこと書いちゃったかな」って焦りが生まれるんです。
今は少しずつ、そんな焦りから自分を解放できるようになってきました。
これも大好きな東海オンエアを見ていて学びを得ました。
彼らの動画って超個性的で、超ディープでカオスな世界観の動画もたくさんありますし、見たらいけません!って怒られるような下品なネタ満載なんです。
水溜まりボンドとの動画タイトルしりとりからも、検索結果に反映されることを狙ってない、世のセオリーを無視する姿が見受けられます。
【る】過去の動画のタイトルだけでしりとりしたらどれくらい遊べる!?
それでもYouTubeだけで500万人を超える登録者がいて、多くの人から愛されています。
すべては自分たちが面白いと思うものをひたすら出し続けてきたからだと思います。
世の中、何が評価されるか予測することって難しいと思います。
「いきなりバズってビックリした」とか「思ったより伸びなかった」という反応もよく見かけるものです。
世間にとって「いいもの」を毎日出し続けるのは正直不可能と思います。
自分にできることは、自分がいいと思うものをその時の100%の力で出せるよう努めることだけかなという心境です。
なのでもしかしたら記事に当たりはずれを感じる時もあるかもしれません。
それでも、1つでも多くの胸に響く記事を書けるようこれからも続けていければと思いますので、願わくば今後とも末永くよろしくお願い申し上げます。
本当はもっと本や音楽についての記事も書いていきたいのに、うまく表現できなくて試行錯誤中のしえるでした。