私の好きな場所

人生を明るく楽しく過ごすための模索と経験をアウトプットしてます。

世の中は簡単そうで難しいことだらけと思っていた方が楽かもしれない。


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結局は自分と合っているかどうか次第。しえるです。

 

楽な状況を求めたり、相手の作業を低く見積もってしまったり、ありふれた話だとは思います。

まず、大前提を「すべての物事は難しい」とした方が健全な考え方ができるのではないか?と思うこの頃。

基本的には何事も練習が必要

この世に生を受け、赤ちゃんの首がすわって、自分で体を支え、立って、歩いて、喋るようになるのに、からだの成長や思いどおり動かすための試行錯誤が繰り返されるわけです。すべて動けるようになるため、練習を重ねているんですね。

自分では努力したという意識がないから、できるようになるのが大変だったって感覚がないだけで。

 

でもできることが増えてくると、一段と高いハードルがやってきます。

そこに挫折ポイントが1つあるわけですが、「難しいんだからつまずくのも仕方ない」と思えた方が気が楽ですよね。

 

子どもの頃は知らないこと、できないことだらけだから、ぐんぐん吸収します。

そんな子ども時代でも「しゃべり始めるのが遅い」「寝返りや歩き出すのが遅い」「おむつが取れない」「感情の起伏が激しい」など、いろいろ起こるわけです。

もちろん原因がある症状の場合もありますが、ただ苦手なことにぶち当たっているだけでも、発達が遅いのではと不安になってしまっています。

 

「感情の起伏が激しい」なんて、大人になっても克服は難しくないですか?できていたなら世界はもっと穏やかです。

「日本語をしゃべる」ひとつとっても、喉の使いかた、歯並びによる影響、活舌が良くない、正しい文法が使えない、漢字が読めないなど、いろいろな要因・不得意があります。

 

逆にすぐできるようになった子もいると思いますが、それも単に得意だっただけですよね。その子にとっても別のできない何かはあるでしょう。

以前、サッカー選手のイニエスタが「ボールの扱いが人より上手いだけで、ほかは皆と同じただの人間」という趣旨の発言をしていた記憶があります。世界最高峰の選手に言われたら、もう何も言えなくないですか。

自分のできることに気づけたきっかけ

勉強や運動など比較対象があるものができると、得意がわかりやすいですね。

自分ができないからすごいって思いやすいです。

でもそれ以外の自分ができることって当たり前すぎて、できることのすごさがわかりにくいですよね。できない人から見ればすごいことなのに。

 

得意だと思うこと、気になることがあって進路を選ぶことが多いと思います。

学校や仕事だけでなく、部活や趣味などもそうですよね。

それで進んだ先には得意な人が集まっているわけで、すごい人だらけなんです。

上には上がいることがわかったり、自分には向いていなかったと気づいたりして、挫折を知ります。

 

実際にやってみたら楽しくなくて見向きもしなくなったとかだったら、それは向いていなかったんだと思います。これじゃなかったわと知ることができ、次を考えられますね。

でもそうじゃない限りは、自分の意志で進んだとしたなら得意なこと、好きなことには変わりないんです。

私は転職することで、それに気づきました。

環境を変えると「できること」が見えやすくなる

「できること」について注目して考えてみるとします。

 

正直最初の職場は、仕事内容が運良く自分に向いていて、だいたいのことがすぐできちゃうという感覚でした。でも、できちゃうから自分にとっては当たり前だったんです。

 

その職場ではパソコンができる人が多く、絵が上手い人や趣味で動画を作っているような人だらけでした。

私ができないことをできる人を見て、むしろ私は何もできないなと思っていました。

 

でも次の職場では、パソコンやスマホを使いこなす人が少なく、Excelの関数を使っただけで驚かれるような場所でした。

スマホからも会社のシステムにアクセスできるのに、やり方を知らなかったり、Excelのデータの抽出を手作業でDeleteしているような状況です。

デザイン関連の部署でない限り、画像の編集ができる人なんて、ほぼいない環境です。

これってもうできるだけで、すでにすごいのではないでしょうか?

私できることいっぱいあるじゃんと考えを改めてもいいかもしれないと思えました。

 

唯一得意だと思っていたタイピングも、自分よりすごい人がネット上にはゴロゴロいるから、自分は全然と考えていました。

MOUSの試験会場とかでも周りのタイピング音を聞くと、無駄に焦ってしまっていましたね。自分が打ち終わって周りを見渡すと誰も終わっていませんでしたが…テストの時に周りの書く音が気になるアレです。

でも、これだけいろんな会社をまわっても私より早い人に実際に会うことはなく、別に1番じゃなくても普通に得意と言っていいのでは?と思うようになりました。1番を目指すこともいいですが、皆が皆1番を目指さなくてもいいのだと気づきました。

 

ずっと同じ場所にいたらすべて気づけなかったと思います。

「好きなことで、生きていく」とは

今度は「好きなこと」で考えてみます。

私にとって、2つめの職場は正直苦手なことだらけでした。できなさすぎて地獄です。

最初が結構特殊な職場だったので、一般企業が初めての体験でわからないことばかり。

でもやりたいことがあったからめちゃくちゃ勉強したし、愚痴りはしたけどすべてを飲み込んで耐えて頑張ることができました。

すべてはある業界で一緒に仕事をしたいという一心で取り組み、全く取り引きのなかった会社と新規のお仕事を結ぶことができました。

今となってはこの頃に戻りたくはないけど、当時折れずにやれたのはすべて「やりたい」という意志のお陰でした。

 

でも飲食店はやりたいなんて一度も思ったことがない場所でした。

私が好きなのはあくまで飲食店に行くことで、働くことではなかったのです。

根底に「やりたい」という気持ちがないから、仕事ができるようになってきても辛さが増すばかり。むしろできることが増えるほど搾取を感じる一方で、お店への愛着はあったけど、やりたくない気持ちが勝りました。

この経験から「やりたい」という気持ちがいかに大切かを知りました。

 

「好きなことで、生きていく」という有名なYouTubeのキャッチフレーズがあります。

YouTubeで継続して活躍されている方たちに共通して見受けられることが2つ。

まずは誰もが並々ならぬ努力や作業をされている、ものすごい労力をかけていること。

そして2つめは、その努力や労力は大変でも、自分から進んで取り組んでいること。

それが「好きなことで、生きていく」の本質だと思います。

 

好きなことだけど、決して楽ではない。むしろ大変なことも多いと思います。

それでもやりたいから、全力で取り組み続けられているのではないでしょうか。

結局は自分に合っているかどうか

「やりたいこと」「やりたくないこと」

「できること」「できないこと」

この4つの掛け合わせで難易度が決まってくると思うんです。

 

例えば、私は人前に出て話すのは苦手なので、大勢の前でプレゼンや講演するの無理って思います。 

おおざっぱなところがあるので、手先とか繊細さが求められる仕事も難しいと思います。

ここら辺はできないからやりたくないことですね。

 

事務作業、案内を持って立っているお仕事などは、私にとってできるけどやりたくないことです。

立っているだけでお金をもらえると思うのか、立ち続けるだけの時間を苦痛と思うのか、人それぞれだと思います。

ひたすら切手貼って、印鑑押して、伝票作って送って…私にとっては家のことだけでお腹いっぱいです。

 

私たちには選択の自由があります。

「やりたいこと」「やりたくないこと」「できること」「できないこと」

どの掛け合わせを選ぶのかは自分次第です。

だとしたら私はその中で自分に向いていて簡単な方を選びたいです。

「できないこと」「やりたくないできないこと」をできるようにするのは、かなり大変です。

やりやすいのは「できることでやりたいこと」「できないけどやりたいこと」「できること」あたりではないでしょうか。

 

寿命が延び、まだまだ先が長いことを考えると、自分に合った生き方を見つけ、いかに気持ちよく過ごす時間を増やすかが大事になってくると思います。

いつ死ぬかわからないからと言って、すぐ死ぬ可能性に焦点を当てるよりも、長生きした場合を考えた方が、実際に長生きした時に備えられるし、自分に合った生き方をできる時間が長くなるので効率が良さそうです。

相手の結果だけを見て心ない言葉を投げかけないようにしたい

note.com

ちょっと話はずれますが、先日春名風花さんが更新されたnoteがとても印象的でした。

裁判を起こした方ってお金があるから起こすわけじゃないですよね。

必要に駆られたから起こしたわけですよね。

何事も過程があり、そこを無視してはいけません。

 

世の流れ的に、被害の苦しみや行動することの大変さを理解してくれる方が増えていると思うんです。

それでも単純に結果だけを切り取って、簡単に口走ってぶつけてしまう方もいらっしゃいます。こういった言葉が与えるインパクトって大きいんですよね。

 

私自身も今、失業手当をいただいて生活している身なのですが、幼馴染に身の上話をしていたら「楽でいいね~」と言われて少なからずショックを受けました。

 

本来なら求職活動が必要な失業手当が、コロナの影響で求職活動ができなくても受け取れるという状況は、たしかに恵まれたと思いますが、決して楽なんかじゃありません。

 

まずそもそも失業手当の受け取りは有限です。いただけるのもあと数か月。

手当を受けられたのは、これまで働き続けて雇用保険を支払っていたからであり、今は日々、必要経費・投資・浪費について真剣に考えながら、お金を使っています。

その後は何の保証もないなか、自分の本当の気持ちを知るために試行錯誤し、「自分はこの先どう生きていきたいのか?」と自分に向き合い、考えては取り組むトライ&エラーを繰り返しています。

 

先にも書いたとおり、この先の人生が長いとしたうえで、今考えているのは「自分を大切にする」を第一に掲げたいということ。お給料が増えても、仕事に消耗してしまった経験からどうすれば無理せず、自分の意志をもって取り組めるのか?という環境を作り上げたいのです。

何が当たるかなんてわからない、上手くいかなかったら収入0の可能性だってありえるし、貯金も無限ではありません。今の自分の心の担保となっている貯金だって、過去の自分の努力のお陰です。

崖に向かって歩いているようなもので、揺らげば簡単に不安に襲われるなか、勇気をもって行動することのどこが楽なのでしょうか。

 

「隣の芝生は青く見える」ということわざもありますが、他人の状況は良く見えてしまいます。そして他人の行動は軽く見積もられてしまいます。

全員が同じ難しい状況に置かれており、難しい試練を乗り越えていると考えれば、よくそこまで頑張ったねとお互いを称え合う世界になるのではないでしょうか。

「やってみたらできた」という話は簡単だったのでは?

ずっと難しいことと思っていたけど、やってみたら思ってたより大変じゃなかったみたいな話もありますよね。

これ矛盾してるのでは?となるかもしれませんが、ここでの難しい点は「取り組むまでのハードルの高さ」です。

 

「自分だったらもっとできる」とか「そのくらい私にもできるだろう」って思うことも多々あります。

けど、結局やっていない時点で「実際にやる」ということが難しいものなんだと思います。だってやっていないのですから。

簡単ならやればいいだけの話です。やっていないなら、できないにほぼ等しいです。

世の中の活躍している方たちとの違いって、ただ行動グセがついているかどうかなのでは?という点につきるのかなと感じています。 

 

そしてそのハードルを越えて実際にやってみると、そこで初めて見える景色があります。

実際にやった人は、そのハードルを越えることの難しさを知っています。

 

そしてやってみたらできた場合もあれば、やってみたらできないことだってあるはずです。その時は、大したことないと思っていたことの難しさに気づくわけです。

どっちに転んでもやっぱり難しいことだったんだと思います。

世の中は難しいことだらけと思うことによるメリット

今の自分ができることは、ほとんどが過去に練習をしてきています。

すぐできたり、できなかったりなどは得手不得手による差でしかありません。

そう考えると「なんでできないの?」「前にも言ったよね」は、練習中だから仕方ねーじゃんってだけの話です。

 

すべてが「できてすごいね」になれば、もう加点方式でしかなくなるわけです。 

周りを気にする必要もありません。

そして「自分がやらない=できないこと」と考えれば、ありがとうの気持ちもより自然に湧いてくるのではないでしょうか。

自分のできることも目立ってくるので、自己肯定感も高まるかもしれません。

 

マーケティングで使われる考え方で、選択肢を絞ると購入されやすいというものがあります。

選択肢が3つだと比較検討のしやすさから購入に繋がるが、選択肢が多くなってしまうと選びきれず購入をやめてしまうというものです。 「ジャム理論」ってやつですね。

 

現代は選択肢が無数にあります。それを選んでいくのはなかなかのハードゲームです。

選ぶのには比較検討するという時間がかかるし、選んだ責任と結果がついてきます。

 

少し前ですが、外出禁止・休業を強制する法律改正を必要と考える人が6割というNHK世論調査の結果が話題となっていました。YouTubeやtik tokのオススメ動画もそうですが、選ばずに済ませたいという風潮が実際に出ています。

diamond.jp

ここでも「自分が取れない選択をしてすごいね」と互いの選択を尊重できれば、自分が出る杭となって打たれることに怯えなくて済みます。

 

昨日アップした記事でも触れましたが、私は定期的に立ち止まりたい衝動に駆られます。

それはじっくり立ち止まって考えて選択、ならびに軌道修正する時間がほしいからです。

ciel-myworld.hatenablog.com

「学校に行かない」「浪人してしまう」「退職して無職期間が生まれる」「うつ病なのに頑張ろうとしてしまう」

こういった状況って結構ありますよね。立ち止まってしまったから自分はダメだと思ってしまったり、立ち止まって休むことが怖くてできないから走り続けたり。

 

人生はハードゲームとわかったうえで、難しい問題だから考える時間は必要だよねという世の中になれば、立ち止まったり、休みやすくなるのではないでしょうか。

ベーシックインカム実現してほしい派

そういう意味で、ひろゆきさんやホリエモンが提唱している「ベーシックインカム」って素敵な考え方なのではないかなと思う今日この頃です。

これは「働きたい人が働けばいい」「お金稼ぎが得意な人が稼げばいい」というまさに「できること」×「やりたいこと」を生かされているわけで、恩恵にあずかりたいとしか思えません。

それで立ち止まって、自分のやりたいことを見つけて、それが稼げるようになったとしたら、社会に還元していけばいい。素晴らしい循環だと思います。

まぁ実現していないから頑張って自力で模索します。。。

 


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