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【すべては自分の心のままに】本日から新作アニメスタート!「心の在り方」など大事なことを学んだ人生のバイブル漫画『シャーマンキング』

Untitled

人生で最重要なことはすべてマンキンで学んだ。しえるです。

 

本日5:55PMに完全新作のアニメが始まった『シャーマンキング』。

shamanking-project.com

子どもの頃は、葉や蓮かっこいい~って思っていただけでしたが、大人になって読むとまったく違った見え方になって、涙が止まりませんでした。

 

漫画の中では全体的に「シャーマン」に必要なこととして説かれていますが、私はすべて、現代社会に最も必要な「心の在り方」なのではないかと思います。

 

葉や蓮は私の目指す姿の1つであり、人生のバイブルとなった『シャーマンキング』から学んだことを紹介します。

【すべては自分の心のままに】本日から新作アニメスタート!「心の在り方」など大事なことを学んだ人生のバイブル漫画『シャーマンキング

 ストーリー

物語は、終電に急ぐ塾帰りの中学生・まん太がショートカットしようと墓地を通りがかったところ、幽霊と仲良くする転校生の主人公・麻倉葉(あさくらよう)に出会うことから始まります。

葉は霊の力を借りるシャーマンで、修業のため上京してきたのでした。

ったくシャーマンだかなんだか知らないけどいい気なもんだよ

どうせいつもあーやってのんびりやってんだろ!?

ロクに勉強もしないで!好きな音楽聞いてボーッと星眺めたり川眺めたり…!

……ボクだって本当はそうしたいさ…

 

でも世の中で生きていくにはそんなヒマはないんだ

まん太のように、世の中に置いていかれないよう生き急いでしまうのが現代社会ですね。

しかし葉と出会ったことで、まん太は勉強や親の言うことを聞くより大切なことを学んでいきます。

目的のために手段を有効活用すること 

バリバリの進学校で、それぞれの才能を持った霊の力を借りてテストを受ける葉にまん太は怒りを示します。

しかし葉の目的は「シャーマンとして強くなる」こと。

そのために勉強できる霊、運動できる霊、ピアノが弾ける霊の力を借りることは「霊の能力を使いこなす」目的のための手段の力を磨くことに繋がります。

 

すべてを自分の力でやる必要ないし、プロこそ有効な手段は何でも使います。

打ち込みソフトで音楽をつくるのも、スマホアプリで生産管理するのも、自動運転するトラクターや田植え機も、仕事に集中するためにハウスキーパーなどを雇うのもすべて、目的の効率や生産性を上げるために役立ちますね。

 

前にDJ社長が「自分の先を自転車で漕ぎ続けて進んでいる人がいても、スタートが出遅れていても免許を取りに行けば、後からバイクで抜いて行くことができる」という話をしていましたが、まさにコレだと思いますし、だからこそ操作を覚えたり、開発することにコストをかけるのは価値があります。

 

そもそも社会に生きている以上、それだけで多くの人の力を借りて生きていますしね。 

どんなに1人で生きていると思ったとしても、決して1人ではないと思います。

「なんとかなる」フラットな自分でいるための言葉

オイラは確かにいいかげんかもしれねえ

でも何が起こるかわかんねえ先の事におびえるよりも

今オイラにとって何が大事かって事の方がよっぽど重要な気がする

 

大丈夫!お前は強いよ阿弥陀

きっとなんとかなるって!!

 

なんとかなる――

確かに先の事ばかり恐れていても仕方がない

むしろあれこれ詮索して生きる者ほど

いざという時弱く脆いものだ

「なんとかなる」は主人公・葉がいつも使う言葉です。 

しかし途中、葉はなんとかならず、あと一歩ですべてを失うところまで追い込まれます。

人は誰もが少なからず不安な気持ちをかかえて生きている

大事なのはその不安や恐怖をいかに克服していくか

葉殿の「なんとかなる」という言葉――

そんな「勇気」があってもよいと拙者は思うでござるよ

なんとかならなかった悔しさに打ちのめされる葉にかけた相棒・阿弥陀丸の言葉のとおり、「なんとかなる」と気持ちを奮い立たせるのもまた一つの勇気だと思います。

「大切なものを失わない」ために、「楽してのんびり暮らしたい」ために、「なんとかなる」ようにするために、葉は過酷な修業に自ら立ち向かっていきます。

無理すりゃ出来ん事もないと思うんだけどな

実際今までそういうのは何度もやってるわけだし

オイラがファウストに負けた理由――それはやっぱり無理したからだ

無理はなんだか自分が自分でいられなくなるからイヤだ

自分を見失うのはほんとに怖え

そん時自分が何をするべきか 何をしてはいけないか

さっぱりわからなくなっちまう

オイラはヨミの穴で何よりいつもの自分でいられる事の

大切さと難しさを知ったんだ

だからオイラは自分に出来ない事はしない

無理しないとできないことは続かないし、冷静な自分でいられなくなってしまいます。 

自分の力量以上のことをしなくても「なんとかなる」方法を見つけられる自分でいることが、どんな問題が現れても対応できるベターな状態なのではないでしょうか。

弱さを認めた蓮の強さ 

大体オレが誰のせいでこんなにイラ立っていると思っているのだ!!
全てはキサマが弱いからではないか!!
おのれ…あのヘッドホンの男め!!キサマがオレに勝てたのは実力ではない
霊の性能のおかげだ
オレにあのサムライさえあれば…!!

ライバルの蓮は最初、「復讐を正義」とする自分の生まれた道家を憎んでおり、人をころすことを何とも思わず、すべてを破壊したがっていました。

そんな蓮は、なにか上手くいかないことがあるとすぐに何かのせいにしていて、相手が強いのも持ち霊が強いからとして、相手自身の強さを認めることはありませんでした。

奴にはいくら力で挑んでもだめなんだ

どんなにしても風か水のように全て受け流してしまう

しかし蓮は葉と出会い、力よりも心が大事だと気がつきます。

強く、大きくなることばかりに目が行っていては、ほかの価値あるものを見落としてしまうし、物事をフラットに判断できません。

人間はそれほど汚くはない

だがオレは――それに気づくまであまりに多くの人間を殺しすぎた

この罪は何をしても償えまい 例えオレの死をもってしても

 

ならばせめて憎しみが憎しみを生む連鎖が続くこの世界を

死ぬ気で変えてやろうじゃないかとな 

蓮はこれまでの自らの非道を悔い、自分の力の使いみちを変えることに。

オレは…円を憎んでいるのではない

オレはオレ自身の中にある「憎しみ」を倒しに来たんだ 

これまでの自分と決着をつけるために、多大な影響を受けた家族と対峙し、折り合いをつけました。 

仲間だろうが家だろうが今のオレにはどうでもいい事だ

オレは誰にも頼るつもりも身を委ねるつもりもない

全ては自分の意志で決め自分で決めた道を歩む

……例えその道すがら人を信じ 人に裏切られようがそれは自分で決めた道――

我不迷(われまよわず)

自分や家族の呪縛を断ち切り、蓮は自分の足で立って、自分の人生を歩み始めます。

進む先は自分で選び、 その結果がどうなろうと受け入れることを決意した瞬間でした。

すべてを受け入れるということ

光と闇 美と醜 正義と悪――

これら全ては前があるから後ろがあるように

ふとした拍子に変化してしまうものだ

大切なのはそのどちらにもとらわれる事なく――

その表裏一体全てを受け入れる心を持つ事――

いろんな場面で白黒つけたがる場面が見受けられますが、 対義の存在はもう片側がなければ成り立たないし、視点によって簡単に立場は逆転します。

自分が正義だと思っていることは、別の人から見れば悪かもしれません。

どちらかとラベルをつけるのに必死になっていると、見方が偏ってることに気づけなくなってしまいます。

分類するのではなく、ただ自分の心がどう受け止めるのかは把握しつつ、全体像をしっかり見ていく必要があるのではないでしょうか。

自分の中に生まれる感情の揺らぎもまた同様です。

我慢するのではなく、1つ1つの心の揺れを受け止めることで、消化して乗り越えていくことができます。

時にまわりにいる人たちは、それを助けてくれるものです。 

邪魔だからって殺してんじゃハオとなんもかわんねえだろ

許せないことはあると思いますが、相手が悪いからと言って制裁を加えていると、どちらが加害者なのか?という話になってしまいます。 

正義だろうが悪だろうが選択すんのは人の自由だ

でも殺して選択する事さえ出来なくしちまうのはだめだ

誰かの選択肢を奪うのは、その人の自由を奪うことに繋がります。  

本来、誰かのやることなすことを他人が評価する必要はないと思います。

それがその人にとって大事なものと言っている以上、どんなにくだらなく見えたとしても、大事にしていて価値があると思っているものです。

そこに上も下もありません。 

まずは自分の心の在り方ありきです。 

自分を許すことで、相手を許すことができるし、自分を好きになることで初めて、相手を好きになることができます。

すべては自分からであり、相手に何かを求めるかぎり、一生追いつかない何かに心を向け続けることになって、解決しない悩みに消耗し続けることになるでしょう。

そして、相手を許さなかった分だけ、それは自分に返ってきます。

どんな奴だって行動には必ず理由がある

この世に救えない奴なんかいねえ

こいつは生きなきゃならないという責任を負うあまり

結局誰も信じることが出来なかっただけなんよ

復讐に燃えるトカゲロウという霊に対し、「ホラ、オイラに憑いて来な!」と無防備で身体を差し出す葉。 

この世は奪るか奪られるか

てめェが喰ったダンゴのせいで誰かがダンゴを喰いのがす…

600年前、母の体を食べてまで生き延びたトカゲロウは、誰も傷つけずに済むなんて話は到底信じられません。

しかしそれでもトカゲロウに無抵抗で身体を受け渡した葉。 

そんな葉をトカゲロウは憑りつきころすことができませんでした。

お前は母への責任を果たすため自分だけは生きねばならぬという思いのあまり

誰にも頼らずたった一人の力で生きてきた

トカゲロウが求めていたのは復讐ではなく、心の安らぐ信頼できる場所であり、自分を生かしてくれた母への想いから生に執着していたのでした。 

憎しみは憎しみしか生まない

孤独なお前にとっての真の救いは他人を信じ他人に身をゆだねる事

だからこそリスクしかない中、平然と受け入れてくれた葉にトカゲロウは救われたのでした。

 

自分にとって害と思う行動も、突き詰めていくと何かしらの理由があるものです。

葉のように受け入れるとまではいかなくても、避けたり、受け流したり、歩み寄ってみたり、正面からぶつからない方法はあります。 

誰かに心を拠らないということ 

葉の受け入れにより、トカゲロウの復讐心は消え、一気に空虚になりました。 

これまで恨みを糧にしていましたからね。

よかったじゃねぇか おめェはどうもしてねえさ

怒ってもいねえ 悲しんでもいねえ

やっとまともな状態になれたんだ

ああ…人ってやつはすぐ感情に支配されるからな

感情一つで人は敵も味方も作っちまうんだ

だから本当は 敵も味方もこの世には存在しねえ

全部はてめえの勝手な正義感が生み出した苦しみなんだ

おめェは敵のいなくなった今

初めて自分に向きあい 本当の居場所を探す事に気づいたんだよ

トカゲロウも、蓮も、他責の念がなくなったことによって初めて「自分がどうありたいか?」と心に問いかけることができました。

私自身も長い間、勝手に私という存在が生み出され、人生を背負うことが課された現実を受け入れられずにいました。

たくさん何かのせいにしたし、自暴自棄にもいっぱいなったものです。

しかし、怒りや悲しみや苦しみといった、受け入れずにいた自分の感情を消化しきった結果、ようやく自分の人生に向き合えるようになり、そして自分の心に気がつけるようになったと感じます。

すべては自分の心ひとつ

決めつけは意志の弱い人間がする

揺らぎそうになる自分の心を制するための一時的なごまかしにすぎない

君はそうやって真実から目をそらし生きるつもりかい?

出来るも出来ねェも全ては「思い」一つなのに

数字ってやつはつい人にそのどっちかを決定づける魔物なんだ

 

よく言うだろ?大人になると天井が見えるって

君達も社会に出れば いやおうなく己の身のほどを知らされる時が来る

そして限界を覚え やがて成長を止める

「頭が悪いから」「私にはできないから」「自分なんか」 

つい自分を言葉で縛ってしまいがちです。

そして頑張ることを諦めてしまったりします。

自分も「やっぱり変われないんだ」と何度も絶望しました。

キミはすでに知ってしまっていたんだ

自分も弱い人間の一つにすぎないのだという事を

 

当然だ この世はオレより強い奴などいくらでもいるだろう

この大会では嫌というほどそれを味わった

それでも認めないほどオレはバカではない

だがそれをやすやすと容認するほどバカでもない

オレがオレの弱さを認めた時 勝利は可能性すら失うだろう

オレはたとえ死んでも吠え続けるつもりだ

オレは強い それがオレの不迷(マヨワズ)なんだ

けど、自分が悪いと思っている部分や無力さに絶望しきってからこそが本番だと思います。 

それでも「なんとかなる」と自分を信じ抜くことが試されています。

まずは信じる事

そして強く出来ると思う事

シャーマンに限らず全ての事は出来るという思い一つで成せるものだ

しかしこれが人間にとって一番難しい

どんなに強い人間でも思いが全く揺るがない事は難しい

しかしその揺るぎない思い一つが全てとなる

私もまだまだ心が揺れます。

それでも、自分を信じることに努めています。 

全ての切なさの原因こそ 他と信じあえぬ事にありました

目の前の現実関係なく、自分や相手を信じること。

相手がどうであろうと自分がそう思えていれば、悩み振り回されることはありません。

この2年の間、真剣に取り組んできてましたが、誰かによって自分の心が揺れることはずいぶん減ってきました。

皆がベストプレイスを探している 

…自分の居心地のいいベストプレイスにこそ…自分のやりたい事はある…!

私がふだんから書いてきた「私の好きな場所」や「自分の快適を知る」という話はすべて、木刀の竜の言う「ベストプレイス」につながると思います。

Untitled

武井さんの描く世界にたくさん救われました。

これからも「自分の心」に従いながら、ベストプレイスを求めていこうと思います。 

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【大切なことはマンガが教えてくれる】『コレットは死ぬことにした』から見える「比較対象×自分ごと×目的と手段」の話。

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世の中は素晴らしいマンガで溢れている。しえるです。

 

今は本当に良質なものがどの分野でも増えていると感じます。 

これは、よりよくしようとする改善の精神に基づいた素晴らしい日本の文化だと思います。

 

幸村アルトさんの『コレットは死ぬことにした』は、主に薬師のコレットや村の人たち、冥府のハデス様と支える家来のガイコツたちの2つの世界を通じて物語が展開していくのですが、沸き起こる問題って不変なんだなぁと思わずにはいられません。


こんなに技術や文化が発達しても、自分が子どもの頃に話題となっていた問題が、大人になった今も同じトーンで騒がれているのを見かけると、「え?まだやってるの?」と感じてしまうことも多いこの頃。

bunshun.jp

先日見た「私たちの代で終わりにしませんか?」と呼びかけるWEBマンガには共感します。

【大切なことはマンガが教えてくれる】『コレットは死ぬことにした』から見える「比較対象×自分ごと×目的と手段」の話。

【比較対象】焦る気持ちと自分の輝く場所

セラがどんどんりっぱになっていく…

わたしは…往診はまだちょっと…ごめんなさい

コレットの同期の弟子として働くセラとポーラ。

自分の薬箱を用意してもらって、往診に同行するセラを見て、ポーラは焦ってしまいます。

 

まわりがどんどん成長したり、新しいことに挑戦する様子を見ると不安になることありますよね。

ポーラはお産の勉強やってるじゃん

それに診療所を守るってのも大事な仕事だと思うよ

往診することも、診療所で診ることも、お産を助けることも、薬を用意することも、すべて必要なことで、その価値を比べることはできません。 

 

それは業界や立場が変わっても皆同じで、たとえ傍から見てどんな状態であろうと、その一瞬一瞬では本人ができる最大限のことをしていますし、自分のできることに集中するのが大事だと思います。

 

そしてもし比較するとしたら家族や同期など近くの存在ではなく、過去の自分を対象にしておくと、自分の歩みに気づけるし、健全な心持ちでいられる気がします。

 

このポーラで言えば、最初は包帯も巻けなかったのに、今ではコレットが留守でもセラと協力して薬師の仕事をこなせるようになっているし、薬師以外の助産師のヘルプまで経験しているわけですからね。

たとえ自分の薬箱を持てていないとしても、間違いなく進歩しています。

【自分ごと】常に人生を共にするのは自分

コレットのいる村に立ち寄った兄弟子のイタン。

「せっかく来たんだ、しばらくここで仕事したいしさ」と往診を手伝ってくれるイタンの存在感はコレットにとって大きいもの。

 

ある人に診療拒否されたコレットは「そしたらおばばを治すのはイタン兄ちゃんの方が安心してもらえるよね。腕いいし、大人だし」と思い悩みます。

イタンさんが帰った後はどうするの?

次は誰にも頼れないよ?

いつものコレットさんなら今考えて なんか色々やって

最後には”またよろしくね”っていい感じにしちゃうでしょ!

そんな思い悩むコレットにラベンダーの香りで落ち着かせようとしながら、弟子のポーラが一生懸命声をかけてくれます。

 

自分にとって困難だと感じても、一時的なものに頼りきってしまうと、それがなくなったときにもっとどうすることもできなくなってしまいます。

そうだ、おばばとはこれからもつきあっていくんだから私達がやらないでどうする

勝手にイタン兄ちゃんに甘えてた

すぐ隣に頼れる仲間はいるじゃないか

特に今は変化が著しい時代で、周りの環境が変化しやすい世の中です。

 

どんな時でも自分と1番つきあうのは自分であり、1番どうにかできるのもまた自分。

なんでも解決できそうなすごい人がいても、その人にはその人の人生があり、明日も隣にいるとは限りません。

他人ごとにしてしまうと自分のレベルアップ量が少なくなるため、頼れる手がなくなったときに困難はより大きくなっていきますが、常に自分ごととして向き合っていると、やがて困難を小さくすることができ、さらに別の困難まで乗り越えられるようにすらなります。

 

そして助け合う仲間をつくれることもまた事実で、自分ごととして向き合う人が集まって力を合わせるほど、困難に立ち向かう力や解決力はより強まると思います。 

【目的と手段】正論だけで人は動かない、心に寄り添うということ

体を温めるときはショウガは加熱しないと

ショウガにはジンゲロールという解熱作用や殺菌効果を持つ成分があり、加熱するとジンゲロールは、血流よくして体を芯から温める効果を持つショウガオールという成分に変化します。 

なんでわかってもらえないんだ…

生より加熱したショウガを食べてほしいとセラが重要性を説いても、鼻をズビズビいわせながら「これまで薬師の世話になったことないし、気合いで治る」と言い張る患者さんは聞く耳を持ちません。

「まあまあお二人共そのへんで

 生のショウガは私達もよく食べます。確かに体にいいですし」

「ウチは昔っからみーんな食ってきたんだ。おかげで薬師の世話になんざなったこともねぇ」

「おお…!皆さん食べてる…

 …私は子供の頃 生のショウガが少し辛かったのですが君達は大丈夫?」

「ちょっとからい」「からい、じーちゃんからいよう」

「ではせっかく伺ったので、お子さんが食べ易いレシピを一つ増やしましょう、炊き込み料理でですね―…」

イタンは一度、患者さんの言葉を受け取り、そのうえで自分の経験と第三者の声をうまく合わせて、ショウガの加熱料理をさらっと組み込んでいます。

 

最終目的は「患者さんを治すこと」で、その手段の1つが「ショウガを加熱させること」。

その「ショウガを加熱させる」という目的のために、「自分の経験」「息子たちの声」「家族の女性陣のうまいこと食べさせましょう!というやる気」という手段をかけ合わせています。

セラの説明は間違ってないよ

でも自分の体や生活に他人が踏み込むことに

ひとつの抵抗もない人なんていない

他人の何かを変えるには、本人の意思がないと無理と言っても過言ではありません。

 

というか、他人の何かを変えようとすることは、相手の人生の否定でしかないと思います。

それぞれ「自分はこうやって生きてきたんだ」というこれまでの人生があり、いくら正しいと言われても、たとえ正しいんだろうなぁという思いがあったのだとしても、それでもそれを受け入れることは、自分の人生の否定になってしまうから認めがたいですよね。 

 

以前は「イエスバット法」と呼ばれる「Yes, but~」と相手の意見を一旦受け入れてから、でもね…と説明する方法が、相手を不快にさせずに説得する方法として紹介されていましたが、今はもはやそれも古いようです。

 

イタンは一度も否定の言葉を使うことなく、話を繋げた中から見つけた困りごとを利用して提案しています。

これは「イエスアンド」と呼ばれるマインドで、昔の海外ドラマ『HEROS』で一躍有名になったマシオカさんはこの「イエスアンド」のプログラムを教えているそうです。

forbesjapan.com

おまえがやることは治すのと同時に味方だと思ってもらうこと

自分を託してもいいと思ってもらえる関係を目指しな

60のじーちゃんならこれからいよいよ薬師と関わる機会も増えるはず

まったまにはコンニャロガンコジジイ!って思ったりするけどねっ

わはは人間だもの

…大丈夫 みんな通る道さ

だからこそ、イタンのように「おお…!」というたった一言であっても「患者さんの言葉を受け取ること」が実はめちゃくちゃ重要だと思います。

 

私は昔、自分がなくて最低だと思っていたから、誰かの意見を聞くことに抵抗がない方ではありましたが、それでも、自分を正しいと思って聞く耳を持たない者の話には抵抗を覚えたものです。

 

そしてこの悩みは、誰かと関係性を築くにあたり、避けては通れない道だとも思います。

こっちの気も知らずに好き勝手言いやがって!と思うこともありますが、自分にできることは「目的を達成するための手段のみ」ですね。

「2019年12月にウイルスの存在を知り、リーダーとして嘘をつかないこと、積極的に国民とコミュニケーションを取り、耳を傾けて安心してもらうことを大切にしました」。

陳大臣は毎日、マスコミがもういいと言うまで質問に答える。

半年間は執務室に寝泊まりし、100日以上休まずに対策にあたった。子供がピンクのマスクをしないと言う男児の母親の声を聞けば、自らピンクのマスクをして会見し、コロナの影響で果物の需要が落ちたと聞けば、会見にスイカを並べて消費を促した

台湾が実際に取り組んできた新型コロナ対策も、まさに「耳を傾ける」「目的と手段の明示」だと思います。

1月に域内感染が発生しても、再びきちんと抑え込めているのはそういった部分もあると思います。

 

対1人でも難しいそれを、国家レベルで行えるのは相当すごいことですね。

これは当たり前のことではなく、政治家や国民1人1人が自分ごととして取り組んできた積み重ねにほかならないと思います。

hanako.tokyo

伝える側の真意をどれだけ受け取れるか

ご機嫌を損ねて嫌われても知らんぞ

 

患者の健康を守るのが私の仕事
できることは何でもやる
嫌われるのがこわくて何もできないんじゃ
そばにいる意味がない

何かを伝えようとしてくれている人は、自分にとって不都合なことを言ってきたとしても、すべてが相手を貶めようとしているとは限りません。

むしろ耳障りのいいことを言ってくるほうが、相手からの搾取を狙っていることも多く存在します。

 

物事には「知識」「伝え方」「受け取り方」それぞれに精度があると思います。

「正しい知識」があっても伝え方が悪ければ届かないし、受け取り下手でも届かない。

「誤った知識」の伝え方が上手ければ広まるし、受け取り手もいくらでも信じてしまいます。

 

それぞれの精度を高めることは、物事の難易度を和らげることに繋がると感じます。

 

ふだん私は「私の好きな場所」で過ごすために、自分が気になるものや好きなものしか視界に入れていないように心がけています。

しかしたまにあえて、話題になっているものの世間の反応など見に行くことがあるんですけど、受け取り拒否して、自ら生きづらくしている場面が多いと感じるこの頃です。

何かを否定すればするほど選択肢を狭め、自分の首を絞めることに繋がると思う話はいずれまたの機会に。

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