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【外国人の女の子に気づかされたこと】この先に抱えるバリアの可能性と当たり前のアップデートについて


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違う文化に触れると気づかされる。しえるです。

バリアフリー」とは、生活の支障となる「障壁(バリア)」を「取り除く(フリー)」ことであり、先天的な障害だけでなく年齢や性別に国籍、後天的に事件や事故、加齢や妊娠などで思うように身動きが取れない人達も含めて、皆が身体的にも精神的にも過ごしやすい環境づくりを目指すものだと思います。

いつ自分がどんな困難を抱えてしまうかなんてわからない中で、以前エシカルフェアトレードの記事の時にも書きましたが、「自分のため」にも、誰もにバリアフリーのやさしい社会になってほしいものだなと願うばかりです。

ciel-myworld.hatenablog.com

【外国人の女の子に気づかされたこと】この先に抱えるバリアの可能性と当たり前のアップデートについて

自分の無意識な行動にガッカリした話

先日、母と一緒にいた時に、母が道の真ん中で止まっちゃっていて、後ろにいた外国人の女の子が通れないように見えたので、端に寄ったほうがいいんじゃないかなと思って、母に移動を促したんですね。

そしたら若い女の子が「No, no, no!!!」と驚いたように私が移動させようとするのを制止してきまして。

英語の聞き取りが特に苦手だから、何言ってるかは諸々から察してニュアンスで汲み取れるかどうかレベルなんですけど、端的に言えば「気にしないで大丈夫だよ、私が動くからそのままで」的なことを言われたと思うんです。

「あったけぇ……」と感じると同時に、そこで初めて「親が道をふさいでいる」じゃなくて「高齢者の域に入った親を無理やり移動させようとしている私」という図式に気づかされて、結構ショックだったんですね。

日頃、「急いでいるのは自分の都合であって、遠回りすべきは早く進みたい人のほう」という考えは持っていたはずなのに、足を痛めている母よりも「迷惑をかけてしまっている」という感覚のティアが高くなってしまっていた自分に心からガッカリしたんです。

♪Yo!もしかして焦ってんのかおばーさん
誰も怒ってなんかない アンタの
ペースでいいんだ 何も気にすんな
自分らしく堂々と生きるんだ

♪迷惑かけてしまってるなって
焦ったらまさかの優しい発言
アタシも反省 見た目で判断
もう要らないわ色眼鏡なんか

2022年度全国キャンペーン:寛容ラップ|ACジャパン

昨年は呂布カルマさんらの寛容ラップCMをたくさん見かけて印象に残っていますが、他者へ不寛容な日本の悪いところに染まってしまっていたなと猛省しました。母よ、ごめんね。

両親などを見て感じた年を取るということ

私は「親子って何歳になっても親子だなぁ」と感じる場面が多くて、親は何歳になっても私のことを心配しているし、私も私で何歳になってもつい甘えてしまったりします。

なので、つい今までのノリのまま接してしまうのですが、ふとした瞬間に経年の変化を感じて戸惑うことがあります。

比較的アクティブな自立した両親で、荷物を持つと言っても拒否されるし、歩幅を合わせようとすると「先行って」と促されてしまうほどで、さらに高齢のおばあちゃんもいるので忘れがちだったけど、両親にも身体的な不調は増えていて、両親が元気に生きているのは当たり前なことではなくて、いつまで続くかわからないし、どうすれば親を尊重しながら大切にできるのかなぁ…と考えさせられます。

たまにしか会わないし、ムカつくことや理解できないことも多々あるけど、それでも大好きな唯一無二の両親なので、この先いつかはいなくなってしまうんだ…というのは正直怖いですね。

 

そして久しぶりに両親に会ったり、他のいわゆる高齢者と呼ばれる年代の方々を見ていて、よく見る光景についての気づきがありました。

「大きな声で会話したり着信音がデカかったりするのは、そうでないと気づかなかったり、元々の聴覚障害の有無にかかわらず老いによって耳が遠くなっている人がいるからなんだな…。」
「急に止まってしまうのは、歩きながら何かをするというマルチタスクが難しいからなんだな、歩きに集中していないとコケてケガするおそれがあるんだな…。」
「改札出てすぐに立ち止まられてしまうと困るけど、もしかしたら電車や出口の案内がの位置が悪いのかもしれないな…。」
「昔できていたことができなくなっていくのを受け入れられない人もいるし、スペックが高かった人ほど辛いのかもしれないな…。」

幼少の頃は配慮という概念がなかったけど、加齢でまた身体的に難しくなっていくのだろうし、本人が1番戸惑っているものなのかもしれません。

そしてこれらはいずれ、自分の身にも遅かれ早かれ訪れることなのでしょう。

そんなことを感じながら、私は先ほどの女の子のように、当たり前に気遣えるようになりたいなと思いました。

削り合いではなく優先順位

「市長に就任したばかりの頃は財源もなかったんで、子育て政策をやるには高齢者のお金を削らないと無理だと思っていたんです。
で、何をしたかって言うと、すべての地区を回り説得しました。
年配の人を100人くらい集めて、『皆さん、今までディナーのフルコース食べて、そのうえデザートまで食べてきませんでしたか。これからの時代は、あなたたちのお孫さんがお腹を空かせていますので、ディナーの後のデザートは、ちょっと我慢いただけないですか。その浮いた分で、お孫さんにおにぎりをあげたいと思っています』と。」

「言い得て妙な表現ですね(笑)。」

「でもこれが大失敗で。
『イヤや!デザートは別腹や!わしらは両方食う!』の一点張り(笑)。
地域を15カ所くらい回ったんだけど、ホンマに全部そんな感じなんですよ。
まあ今思えば、私もバカなことをしたなと思いますけどね。
そこで、高齢者のお金を削るのは無理だと諦めて、方向転換しました。
『あなた方のお金は減らしません。ただ、ちょっと待ってください。 子育て政策やってから、必ず力入れていきますので』と。」

最近、明石市長の泉房穂さんとひろゆきさんの共著『少子化対策したら人も街も幸せになったって本当ですか?』という本を読んでいて共感したり、勉強になったりしたのですが、子育て政策推進にあたって上記のような失敗エピソードがありました。

泉さんいわく「デザートを我慢して」は無理な話で、「あなたのデザートより先に、あちらの腹を空かせた人におにぎりを用意させて」という話でようやく文句を言われながらも行動に移せるというものなのだそうです。

これは逆の立場であったらどんなものがあるだろう?と考えたとき、少しでも歩く距離を短くしたいとショートカットしたり、内側を歩きたがる人って一定数いると思うんですけど、対面の人と被ってしまった場合に皆が皆、相手のために自分が遠回りをするか?っていうとそうとは限らないというのがまず思い浮かびました。

これは少し前に話題になっていた、車椅子ギャル・さしみちゃんのエレベーター問題も同じ部類だと感じます。

車いすの人にとって、エスカレーターや階段は基本的に対応機や補助が必要で、エレベーターが唯一自力で気軽に比較的安全に乗れる階移動手段だと思うんですけど、その唯一の手段になかなか乗ることができずに困っているという話に、賛否両論がまき起こっていた件ですね。

mdpr.jp

2017年には国土交通省で交通におけるバリアフリーについて見直しがあり、最短経路のバリアフリールートが整備が推進されたり、障害者や高齢者の優先マーク義務づけなどがされたりしているのですが、肝心の障害者優先の認知や理解不足が明るみになっていました。

これもまた、歩ける人には階段やエスカレーターというディナーのフルコースがあるのに、エレベーターというデザートも手放さないという状況で、車いすやベビーカーにとってエレベーターは唯一のおにぎりなのに……という話ですね。

話題になる前から今の私にとって公共のエレベーターは、あまりに疲労困憊や体調不良だったり、あまりにルートが便利すぎる時にだけ、周りに必要としている人がいなそう、もしくは必要としている人達と一緒に乗れそうだったら使うという認識でいたので、感覚の違いにちょっとビックリしています。

車椅子YouTuber・さしみちゃん、エレベーター待ちに40分の実情を明かす! | ジェイタメ

当たり前のアップデートを願って

「妊婦さんとかベビーカー押している人の割合が、日本より高いんですよ。
だからそれが日常風景として認識されて、当たり前だよねっていう感覚になる。
日本だと、満員電車にベビーカー乗せると文句言われますが、 フランスだと逆に文句言った方が袋叩きに遭うと思います。
あとは、夜泣き。日本だと、子どもが夜に泣き出すと、近所迷惑になるからって、お母さんが焦ってあやしたりするじゃないですか。」

「そうですね。子どもが泣くのは別に自然なことなのに、周りに迷惑だからっていうプレッシャーがあること自体が、実は問題で。」

「フランスだと、泣いてても放っておくんですよ。
すると子どもって、1時間くらいしたら、大体疲れて寝ちゃうんですよね。
周りも大して気にしない。同じように、レストランで子どもが騒いでいても、『子どもってそんなもんだよね』っていう感じで、目くじら立てる人は少ないと思います。」
「まさにそのあたりを、フランスから見習おうと思って。」

私は一人っ子だし、子育ても未経験なので、なぜ寝不足になりながらあやしているのかが正直わからないでいたんです。

赤ちゃんは自分が何をしているかも、どうしたいかもすべてがわからない状態で、伝達や表現の手段がほぼ泣くしかないから泣くのだし、永遠に泣き続けることもないので、いずれ泣き止むのだから至急対処が必要なもの以外は放置でも問題ないんじゃないかと思っていたんですね。

で実際に夜泣き放置を提唱する記事もあったりはするのですが、それに対するコメントでも「夜泣きをしても、周囲が許してくれるような環境作り」について触れられているように、周りへの配慮のためにあやしている側面があるのだと気づかされて、胸が痛みました。
赤ちゃんの夜泣きより酔っ払いの叫び声のほうがよっぽどうるさくて迷惑ですよ…。

私自身もベビーカーに突っ込まれてムッとしたりすることはあるんですけど、それでも日本も文句言うほうが非難されるようになるくらいでいいんじゃないかと思います。
この先、自分がベビーカーを利用する世界線もありえますしね。

ポイントは、国全体が子どもの方を向けば、街がやさしくなるという点です。
このあたりは私も子ども政策をやる際にかなり意識したんですが、 実際、明石市の街の雰囲気はかなり変わりました。
市民の声を聞いても、子ども政策に取り組み出してから、街がやさしくなったと。
子連れのお母さんが困っていたら声をかけたり、高齢者の方が重い荷物を持っていたら手伝ったりする心の余裕ができて、空気感が変わるんだと思います。

冒頭の女の子の感覚に感動と衝撃を覚えたばかりだったので、本を読んでいてオムツ定期便など知っている話題もありましたが、家族ができたら明石市に住みたいなと思ってしまうほどでした。

今は統一地方選挙の時期ですが、誰かに強いることなく寛容な社会を目指す政治家に投票したいところです。


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